グランドピアノとアップライトピアノ

(1)はじめに

ランドピアノとアップライトを、演奏者のコントロールのし易さという観点、つまり演奏者がピアノ対しどれだけ意思を伝えられるかということに注目し両者の差異を考えてみることとしました。
当然、グランドピアノの方が弾く上で満足感がありまた表現力もあることは自明のことですが、それを音の伝達系の要素に分解しそれぞれについて比較してみることとしました。

(2)モデリング

鍵盤からハンマーを駆動するまでの一連の構造を伝達関数と置きます。演奏者は自分の考えを指を介して伝達関数に入力し、伝達関数からの出力は弦に与えられ音となります。
そしてフィードバック系としては、弦から発せられる音、あるいは響板から発せられた音を演奏者が耳あるいは体で感じる情報と、鍵盤から指が直接感じる(フィードバックされる)情報の3つがあると設定しました。





(3)伝達関数の特徴からみた比較

アップライトとグランドで大きく異なるのが、鍵盤の動く方向とハンマーの動く方向の同一性です。アップライトでは、鍵盤の上下運動を機械的に変換してハンマーの前後運動にしているのに対し、グランドでは鍵盤の上下運動がそのままハンマーの上下運動になっています。
さらにハンマーの戻るための力、あるいはダンパーの戻るための力が、グランドの場合は極めて自然に重力により実現されているのに対し、アップライトでは重力さえも機械的に変換されて伝えられたり、無理やりばねの力を使っている部分がある点が大きく異なります。
ここに、アップライトとグランドでエネルギーロスと言う観点でグランドの方が明らかに優れているということが言えるわけです。
機械系のエネルギーロスが大きいということは伝達関数の線形性を損なうこととなりますので正確な伝達を妨げる要素になります。
線形性を損なう=伝えたい表現が音になる仮定でゆがめられる、つまり演奏者の意図をより正確に伝える上の支障になるということです。換言すれば明らかに表現力という点で劣るということとなります。
さらに物理法則の最も基本である重力をそのまま自然に利用していることは、扱う上で非常に素直にコントロールできるばかりか、動きが自然が故の自然な感覚がそこには生まれると言えます。


(4)耳(体)へのフィードバック情報からみた比較

音によるフィードバックについては、弦からの直接音と、ピアノ全体(主に響
板)から発生ラレル音が演奏者の耳あるいは体に伝わる経路となります。

弦からの直接音というところでは、やはり弦が直接見えているグランドが有利です。アップライトの場合頑丈な筐体で覆われていますので(最近のピアノには一部全面の板にスリットが入っているものもありますが)直接音の特に周波数の高い部分の伝達が妨げられます。
響板からの音につきましても、取り付け位置の観点からグランドではほぼ直接聞き取る(感じ取れる)ものが、アップライトでは壁からの反射音が支配的なフィードバック情報になるという点から、情報のリアルタイム性という観点でやはりグランドの方がかなり優れています。


(5)指へのフィードバック情報からみた比較

鍵盤から直接感じる情報のフィードバックについては、指に伝わる感触と力の制御のし易さという点で圧倒的にグランドが有利です。
グランド場合鍵盤が指に吸い付く感じが最も重要な要素でそれが弾く上での満足感につながります。
鍵盤に触れた瞬間は軽いのですがその後重さを実感し、それが故に鍵盤が指に吸い付いてその後指を押して鍵床に至るまでに自由なコントロールができること、これが表現の上で大きなポイントと感じています。
さらにアフタータッチを感じることによりピアノからのリアクションを指に感じます。
このように指自身がピアノと対話できる感覚が重要なポイントと感じています。
残念ながらアップライトでは鍵盤に触れた瞬間に大きな圧力を感じますが、その後鍵床に至るまで一気に到達してしまう感覚があります。そのためピアノとの対話という点でどうしても物足らないものを感じます。


(6)最近のグランド

以上の観点からグランドピアノの表現のし易さについて述べました。
しかし昨今、いくら表現しやすい構造を備えていても表現するものがない(音色が出ない)グランドピアノも少なくありません。こういうものは、あのグランドピアノの優雅な形を置物として価値しかなく、何より本質である音の響き、多彩な音色等が無視されたものと言わざるを得ません。こうなると今回の比較が意味を成さない、つまりいくら弾き易い構造でも出したい音が出ないのでは意味が無いというのは悲しむべきことです。
                                            2004.10