■教育

教育の初期の段階から、その段階に応じ、学ぶことの真の目的、本当のこと(音楽に感激
でき表現することの喜びを感じること)を見せ続けることが重要です。

また、その真の目的を得るための手段の選択肢(学ぶ上での道筋あるいはジャンルや楽器
の選択も含む)についてもなるべく広い範囲で提示し続けることが大切です。決して教育
者自信の狭い経験や手法に拘束され押し付けるようなことがあっては(よく見かけること
ですが)子供をスポイルします。

然るべき時期に本人自らが選択できるよう、常に広い選択肢とその必要性を本人が意識で
きるよう提示し続けることが、生徒が音楽に積極的に前向きに進められる唯一の方法だと
いえます。

 

ピアノのメカニックを教えることは簡単です。単なる訓練だからです。

しかし同時に本人の音楽の選択肢を狭める、極端に言えばピアノの音が世の中で一番きら
いにならせること、これも簡単なことです。

メカニックの習得の過程では、常に本物(最終形や理論的裏付け)を見せつつ、現在行っ
ている

ことはそれへのアプローチであることを本人自身が理解した上で取り組めるよう指導しな
くてはいけません。

実はそれはメカニックだけではなく、音楽的表現や奏法、音楽理論に至るまで結果を強要
するのではなく理論的裏付けを以って本人が納得し、つまり音楽的満足を得るための過程
であることを理解した上で前向きに積極的に取り組めるよう進めることが、音楽と遊離し
ないピアノ教育の唯一の解と言えます。

 

ピアノを弾くことはメカニックの訓練なしにはありえません。

その試練を耐えることは音楽を表現したいという気持ちでしかありえません。

忍耐力と義務感だけで耐えることは真の音楽から遊離するばかりでなく本来の感覚感受性
を損なう大きな要因となりかねません。

だから常に

練習の面倒さ < 音楽的満足を得たいという気持ち

この不等式を満足させるようにしなくてはいけません。

 

簡単に言えば、とにかくやりたいという気持ちが募れば音楽的満足を得たいという目的を
理解し易くなりますので、このやりたいという気持ちを大切にしかつ育てることが教育す
る上でもう一つの重要な要素となるわけです。

とかく日本の教育において辛抱することが重要で楽しむことは楽をすることでこれは最終
点への到達を妨げるものだというようなこと、滝に打たれて精神を鍛えることが最重要で
あるというような根強い国民性、理念があります。

これを音楽教育に適用することは全くナンセンスであり何度も言うように本来の感覚感受
性を損なう大きな要因としかなり得ません。