奏法:「きれいな大きい音を出す工夫」

1.はじめに

音の大きさは鍵盤の下降速度によって決まります(ピアノの知識と演奏「雁部一浩さん著」より)。
ピアノの構造から考えて鍵盤が押し下げられるスピードのみが音の強さに影響を与えるということです。
この押し下げられた力が極めて機械的な構造を介しハンマーが弦を叩く力と変えられるわけです。

この下降速度Vは、鍵盤に触れた瞬間の初速V0と鍵盤の下降時間とその間の力(α)の積、

下降速度:V=V0+α*

の数式にて表現されることとなりますので、大きな音を出すには、V0とαを大きくするということに換言されます。

2.V0を大きくする方法

(1)V0の分析

V0は指が鍵盤に触れるまでの腕を振り下ろす力:R(腕の力、手首にかける重さや重力などから決まります)と
その力をかけている時間:
t0の積で決まります。


V0=R*t0

(2)t0を大きくする方法(力をかけている時間を長くする)

Rが一定の場合t0を大きくするには鍵盤に触れるまでの時間を長くするつまり高い位置から振り下ろすことが
それに当たります。

時間を多く取るということは十分な助走距離をおくこととなります。高速道路の合流地点のようなものです。
しかし打鍵位置の正確性や打鍵時間の正確性の観点から充分な助走が良い影響を与えるとは言い難く、特殊な場
合を除きこの方法に頼ることは好ましいとは言えません。

(3)Rを大きくする方法(力をかける)
Rを大きくするには、奏法により2種類に分かれます。
@上から振り下ろす奏法(奏法1)の場合

・振り下ろすもの(腕)の重さ
・振り下ろすもの(腕)にかけられる力
 腕の力
 重力等

これらの要素を大きくすることです。
体重をかけたり肩や腕の力を使って腕を押し下げようとしたりすることは、大きい音につながります。

ここで重要なのはこれらの力を鍵盤の初速に寄与させることです。それには肩から腕、そして手首から指、
指先と各部での方向ベクトルの力を最大にしながら順次伝達し、最終的に鍵盤に触れる部分の力を最大に
することです。そしてその力が鍵盤から見て法線方向の力となるよう鍵盤に触れる指先の配慮が必要です。

もし指から肩までの方向ベクトル以外の力が有ったとするとその力は音に貢献しないばかりか、その力を打
ち消すためのさらに無駄な力を必要とすることになります((4)項にて詳述します)。

A手首の回転力を使った弾き方の場合

3間接を支点として手首を上げ和音をつかむようにして出す弾き方です。
この場合は、瞬間的な力をいかにして指先に伝えるかが勝負になり、指をおろす(というか突く)速さと
瞬間的な腹筋の力などを全て合わせ一点に集中することのよりRを大きくします。

(4)Rを鍵盤を押し下げる力にする方法、タッチについて

@指の部分
指に与えられた力をなるべく無駄なく鍵盤の押し下げる力にするには、指のすべての部分が鍵盤に向かう方向ベ
クトル上に力を発し、そして指は鍵盤に極力垂直に当たることがその条件となります。

もし指の第2関節部分に下方向に力をかけその力によって鍵盤を下に押し下げたとします。そうすると鍵盤に触れ
た部分以外は必要以上に下がらないよう、押し下げた力と全く反対の力、つまり指の位置を支える力を発すること
となり2重に力を無駄にすることになります。そしてこの持続した支える力が指の疲れとなってしまいます。

A指以外の部分
@で述べた論理は手首でも全く同じことが言えます。さらに腕についても全く同じこととなります。
手首や腕が疲れる原因の一つにこのことがあるのは間違え有りません。

B上記問題を避けるための奏法
指で弾いている時は第3関節から指先まで、また手全体で弾いている時は手首から指先まで、また腕全体で弾くよ
うな時は肩から指先まで、いずれもそれらが順次指先の方向に力を伝えるようにしなくてはいけません。

手首から指先までについてはやや椅子を高めにし突くようなタッチがこの観点からは好ましいことになります。近代
奏法で言うところの奏法に近いところがありますがそれよりやや腕を上げ気味になります。

腕については鍵盤からの法線方向に位置させることは物理的に困難です。

むしろ腕の押し出す力を手首以降の法線方向の力に変えられるよう、やや体を前に倒し気味に体重と肩からの力を全て
指先に集中させるという弾き方が好ましいと考えられます。

(1)Rとαの関係

Rの大きさがそのままαに引き継がれれば大きなαが得られます。

しかし、鍵盤に触れた場合その抵抗により必ずしも引き継がれるわけではありません。

(2)αへの引継ぎ

Rの力をαに効率よく伝えるにはダンパー成分(緩衝成分)を排除することが必要です。
つまり、指が鍵盤に触れ鍵盤の負荷がかかった瞬間、さらに鍵盤を押し下げハンマーにあたりハンマーの抵抗が加わった瞬間などに関節部分のゆるみ等があると、いわゆるクッションの役割(車のサスペンションの役割)を果たしてしまい、せっかくかけたRがハンマーに伝わらないことになります。

(3)ダンパー成分(緩衝成分)をなくすには

手首、指の関節などあらゆるダンパー機能を有する部分を指が鍵盤に触れている間は固定しておくことです。

基本的には関節部分を硬く固定し打鍵するということになります。

また、2(4)項に記載したように方向ベクトルに力を集中できればこのダンパー成分が簡単に排除できます。もし方向ベクトル以外の力が有った場合、それを打ち消す力を常に与えなくてはなりませんし、もしそれが十分与えていなかったとするとこのダンパー効果を引き出す結果となり大きな音への障害となります。

例えば指を伸ばし鍵盤に対し例えば45度に当て打鍵したとします。そして第3関節から真下に力を加えようとする場合指の形を崩さないことだけ意識していると手首が下がった状態になります。それを避けるために手首が下がらないように上げる力を常に加えることとなります。

ここで手首が下がらないように上げる力が弱いと、せっかく鍵盤を押そうとした力が手首が下がることによりその分指先が押し下げる力を減少させることに、つまりダンパー効果が出てしまうこととなります。

一方、第3関節から指先に向かって力を加えようとすると(ちょっとつくような感じ)この手首を下に支える力は不要となります。

ただしあまり角度が浅いと鍵盤に触れた指先が鍵盤の奥の方に流れないよう支える力が必要となります。

ここでやや打鍵の角度を上げる(75度くらい)と大変楽に力が全て指先に伝わったことが実感できます。

(1)きれいな音を妨げる要素

大きな音を出す際、それに伴う雑音が音色を乱します。
その雑音を減らし大きくてかつきれいな音を出すための工夫が必要です。

(2)雑音の種類

@上部雑音:鍵盤に触れる表面積を減らす。つまり指を立てる。
A下部雑音:強い音を求める場合これを減らそうとすることはV0を減らすことになる
下部雑音は上部雑音に比べ時間的に遅いため、弦の発する音とかぶる部分が多いので
影響度は少ないと言えます。
一方上部雑音は弦の音が出る前に発生されるため目立ちますが、必ずしも不快な音だけではなく、音の立ち上がりを鋭く見せる効果を出すために意図的に出す場合もあります。

(3)雑音を避ける方法

@上部雑音
特に指を寝かせたたく音は非常に不快感があります。不快な上部雑音を減らすには指を立て、鍵盤と指は触れる面積を出来るだけ減らすことに尽きます。 これは奏法2ではある程度可能ですのでその場合は上部雑音を減らす効果があります。
奏法1で避ける方法としては、発せられる上部雑音の成分を気にならないものにするということ
があります。
上部雑音の周波数成分を上げるとこれは音そのものの立ち上がりを助長する働きとなり鋭い音を
出す手助けになります。
それには鍵盤に触れる瞬間に指を立てるだけでなく硬くすることです。
この場合ダンパー成分は逆に徹底的に減らすこととなります。
まとめると、奏法1ではダンパー成分を極力減らし、奏法2ではしなやかな手首、指の動きにより
大きな音を出す(鞭の先に大きな力が出るような感じ)のが理想的だといえます。
A 下部雑音
下部雑音を減らすためには、指が鍵底に達する瞬間に指あるいは手首、肘のいずれかのダンパー成分(緩衝成分)を増やす方法があります。
一旦鍵床まで達した時突っ張るのではなく手のどこかの要素に脱力を与えるということです。
もう一つの方法は指を鍵床に達する前に手前に丸め込んでしまう方法です。
ホロビッツの奏法が顕著です。
ただしこの下部雑音については前述のようにこれは大きい音を発しているときはあまり影響がありません。単音の静かなところほど影響が大きいためそのようなパッセージでは上記いずれかの奏法による繊細な配慮が必要です。

これまでの考察より、理想的な強い音を出すためには次の二つの奏法があることがわかります。
そしてこれらはいずれも経験上直感から感じ取れる結論であります。

(1)奏法1

・上部から自然に落下させて鍵盤面に垂直に当てる
・指は固く(鍵盤に触れる表面積を減らす)
・関節部分は固めて力を全て指に伝わるようにする。
・鍵盤の上方から落とした場合は、関節部分は固めて鍵盤に与えた力が全て鍵盤が落ちる速度になるようにし指が鍵床に達する瞬間に関節の力を抜く(力を抜いて手首が落ちる状態)

(2)奏法2

手首を下げた状態から手首を瞬間的に上げ手の甲を軸とした回転運動により生まれた力
を使って鍵盤に力を加える方法
回転させるため鍵盤面に指は垂直になりやすく回転エネルギーを含め力を指先に集中することが出来る。

→いずれの奏法もこれはこれまでの経験からも納得できる結論ではあります