山下亜紀子ピアノリサイタルより
■ 日時 2001年12月19日19:00〜
■ 場所 旧東京音楽学校奏楽堂
■ 曲目
1.ベートーベン:ピアノソナタ7番
2.ショパン:ピアノソナタ3番
3.メンデルスゾーン:ピアノトリオ1番
■演奏会評
●山下亜紀子の『音』
彼女は大変魅力的な音を持っている。
特にppp〜pの間における音楽表現は圧巻。
ルービンシュタインが自分のダイナミックスの効果は全てmpとppppの間で出さなければ
ならないと言ったことをつい思い出してしまう。
きたない音、責任のもてない音を極度に嫌い、無理な音を出すことを避けその分をリズム
やアーティキュレーションで変化をつけカバーし、あくまできれいな音に拘るということが、
音楽全体から醸し出される魅力となり、またとても好感をもてる演奏につながっている。
音の響きについても細心の注意を払われていて、巧妙なペダリングといささかの濁りも許さ
ない鋭敏な感覚が、さらにこの魅力ある『音』を磨き上げていたことは音楽表現の上で大き
な武器になっていたと感じる。
ポリーニの抜けるようなff、アルゲリッチの鋭い音等は天性のもの、そしてそれがそういう演
奏家の魅力の根底にある、というような批評がよくなされるが上記の『音』の魅力は音楽表
現の根底にあり亜紀子ピアニズムを形作るに足る個性である。
Scherzoの冒頭の部分やfinaleの華やかなスケールではその魅力が如何なく発揮されていた
と言える。
●次の魅力は、丁寧に細い緊張の糸を保ちながらぎりぎりの緊張感を長く持続しながら弾くこ
とができる点。並外れた精神力と感受性が成せる技と言える。
これが最も生かされたのがベートーベンの2楽章である。ベートーベンの緩徐楽章をこれだけ
充分に弾く演奏を聞くことは滅多にない。最後まで丁寧にかつ緊張感を持続した演奏は大変
貴重だったと言える。
一方、あまりに丁寧であるためやや流れないと感じる部分があり、7番の1楽章や
ショパンのLargoでややそのような面が気になる。またフレージングがやや細かく丁寧であるた
め大きな盛り上がりに欠ける部分があった点は惜しい。
●ショパンのソナタ
まさに珠玉のショパン。
勢いがあり素晴らしい音色が如何なく発揮され引き込まれる演奏。
一楽章の音楽的魅力は絶品、またfinaleの緻密に計算された解釈を土台とした上できれいでき
らびやかな速いパッセージが花開く演奏はまさに白眉、他の追随を許さない。
finaleの始めの部分の弾き方、解釈にはびっくりした。
極端なクレッセントと微妙なリズムのゆれがものすごくはまった演奏になっている。極めて説得力
のある解釈と言える。
その後のagitatoの旋律を敢えて細い音で弾かれたのは、上述の部分の弾き方との関係と、さら
にホ短調で再現される部分との対比をつけることによるfinaleのドラマ性を強調するという効果を
狙ったものと理解する。
Largoは本当に丁寧に大切にまたよく研究され弾かれているのがわかる。前述の通りやや辛い面
も一部ありもう少し整理されても良い。音楽は一つのドラマを形作るのであるからある程度捨てる
ところとのメリハリをつけることにより、全体の形が見えてくるという側面がある。
Lanrgoの4/5くらいのところの八分音符で通常Eで弾かれる部分を時々Fで取る演奏が聞かれる
が、今回の演奏ではFであった。音楽的背景を追求したい。
●トリオ
バイオリンの方の個性があまりに強いのでそこにどうしても耳が行ってしまう。
また音のバランスとしてもバイオリンが強かったので殊更。
フレ−ズの頭の出し方、ポルタメントの多用等、独奏だったらわかるが、チェロの
演奏スタイルとあまりに異なっていたため残念ながらバランスが悪すぎる。
はっきり言って弦どうしの掛け合い(この曲の醍醐味)が全く感じられない。
その両者弦のバランスを取るためピアノが四苦八苦しているという印象を受けた。